読みました「影法師」

影法師、文庫表紙 読んだもの

何を読んでも面白い百田尚樹、今回は時代小説です。

影法師、文庫表紙

「影法師」百田尚樹 著
講談社文庫

前半は、武士の上士・中士・下士の身分の差や、暮らしぶり、財政事情などが知識として興味深かったんですよね。それが、戦時中でもないのにダイレクトに人間の生死に関わっていく話の流れとなり、知らないうちに「そりゃあ死を覚悟したろうな。」と納得しているんです。具体的な江戸時代の背景描写は自然に気づかないうちに自分に染み込んできました。

私は主人公が二人なんだなと思いました。中士(ほどほどの家格)の息子と、下士(しかも父はすぐ亡くなる)の息子は親友なのだけれど、ある時点から対照的な人生を送る。いつまでも心からの竹馬の友で、けして半目はしません。それなのに、心のどこかで「どちらが勝っているか」と天秤にかけてしまう。勝ち負けではないのに。そして、その勝ち負けは後半に向かって見事にひっくり返ります。彼らの印象はまるっきり反転しました。

ジェットコースターのようなドラマチックな小説です。

戦が起こるわけでもないし、大名というか殿様もほぼ出てこない。でも主人公の勘一の人生は波瀾万丈で、父親の亡くなった下士の出の少年が、国家老に抜擢されて藩を立て直すのだから、そりゃ面白いのです。しかし、人生も晩年になると、もう一人の主人公、中士の息子の謎が明らかになるにつれ、勘一の人生は違って見えてくる。

「守る」とは、こういうことかと。自分には何も残らなくても、誰に感謝されなくても、気づかれなくても、迷わず行動した彦四郎(中士の息子)は本当にかっこいい。武士として、生まれた家の、家柄の差は大きいかもしれません。しかし、もっと人生の明暗を分けたのは、長男であるか、そうでないかです。

剣の腕さえ、どちらが強かったのかわかりません。木刀なら勘一、真剣なら彦四郎でしょうか。実戦では自分が強いと勘一は思っていたのに、「実践」の意味の取り方さえ深さが違うことに気づきます。

農民の一揆で、悲惨なことが起こった時には、彦四郎は「勘一には敵わない」と考えたかもしれません。国を救うアイデアに溢れた勘一に感服したことでしょう。

勘一の人生は、それだけでも面白いのですが、彦四郎と並行していたことで深みが増し、違う側面が次々に見えてきました。ああ、面白かった!おすすめです!