私はいま、ベランダで朝顔を育てています。表紙と帯を見て、幻の黄色い朝顔の話なんだなと、非常に興味をおぼえました。
黄色い朝顔をめぐる事件の話で、後半になると「夢幻花」を追う一族が長い年月をかけてきたことがわかってきます。急に歴史的なエピソードが出てくるなー、と思ったら、この作品は「歴史街道」という月刊誌に連載していたものがベースになっているとのこと。
朝顔を育てていたり、バイオテクノロジーに興味があったり、歴史物が好きな人におすすめできる本です。面白くて一気に読んでしまいますが、謎が解ける面白さだけではなかった気がします。この作者の作品は、読んだあとに清々しい気持ちになるというか、あまり暗くならないんです。
どんより暗い話になっていないのは、主人公だけでなく周囲の人も、悲惨な事件に敢然と立ち向かうからかなと思います。誰にも知られることなく夢幻花を追う、その動機がかっこいいから。謎が明らかになるにつれて、登場人物が好きになっていきました。
主人公は大学院で原子力を研究しています。原発事故があってから、急に将来が明るいものではなくなり、肩身がせまく感じていますが、「誰かがやらなきゃいけない」と覚悟を決めます。困難で報われないかもしれない道に、自分の使命を見つけても、ひるまない主人公がさわやかでした。
事件にからんでくる人は、どの人にも大きな悩みがありました。犯罪をおかした方も、事件を追う方も、自分ではどうすることもできない壁にあたってもがいています。犯人はあっと驚く人でした。私はまったく想像できませんでしたが、後から考えると犯人にふさわしい人物だったと納得しました。
自分のいる業界自体が傾いた大学院生、オリンピックをめざしていたのに泳げなくなった水泳選手、離婚して一人になった刑事、研究成果が一歩およばずリストラされた研究者。この一冊に、見所満載。この作品を読むときには、面白いからといってとばしすぎずに読んでほしいです。ぜひ、じっくりと、彼らが問題を受け入れて乗り越えていくさまを堪能してほしいと思います。